ゴッドハンドと隠されていた空手
僕がかつて在籍(20年弱)していた空手の一大組織『極真会館』
その創始者であり、その人知を越えるほどの凄まじい素手の破壊力から“ゴッドハンド(神の手)”と言う異名で畏れられていた、故「大山倍達」総裁。
僕が最も敬愛する空手家です。
さていきなり話変わりますが(笑)縁有って5年ほど前から琉球古伝の空手と巡り会った訳ですが、この先生のお師匠さんが、沖縄から本土へ空手(当時は“唐手”)を紹介し「本土空手の父」と謳われている、松濤館開祖「船越義珍」先生の直弟子だったお方です。
“直弟子”とは一般道場生とは違う立場のお弟子さん。
師からマンツーマンで奥義・秘伝となる技術を授けられる立場のお弟子さんの事です。
古武道の世界をご存じの方ならお解りになるでしょうが、その世界は兎角「秘密主義」です。
その流儀の“命”とも言える奥伝技術部分を、そうそう簡単に公にはしません。
しちゃったらあっと言う間に研究され、そして他流から攻略されてしまいますからね^_^;
なので一般公開する際の型や組手(組み太刀)と言ったものは、奥伝部分に該当する動きに関しては、「隠し動作」で修飾されているのが常道となっていますし、伝書と言った書物などにもその手法は使われています。
つまり
「(世間一般に出回っている“伝書”と呼ばれる類のものを)信じる者は騙される」と言う事です(笑)
その「隠し動作(言葉)」で修飾されている動きを、本来のものに戻す為の鍵とも言うべきものが「口伝」「正誤表」と言ったもので、それがマンツーマンで秘密裏に伝えられて言く訳です。
古来の沖縄では、夜陰に乗じて秘密裏に稽古をしていたと言います。
しかも、いつ他流から盗み見られても、命とも言うべき奥伝の技自体を盗まれる事の無いよう、やはり「隠し動作入り」の型を行っていたとか。
その真偽のほどは置いといて、本土の古武道ではそれが当たり前。
なので奥義に関しては信用の於ける弟子に対し、一対一でのみ伝授してゆきます。
船越先生の教授方法もそうだったとの事。
昼間道場や学校等で教える「型」は、現在の“それ”とほとんど変わらなかったそうですが、夜自宅で教える「型」はまったく違っていたそうです。
その様相を一言で表せば、「まるで太極拳のようだった」そうな。
さてここで話は戻ります(笑)
大山総裁が初めに習った空手の先生が、その船越義珍先生です。
その時にどう言った技を習ったのかを直接知る事は出来ませんが、総裁が遺した極真の型や、総裁ご自身の動きの中にその“片鱗”が覗ける様な気がしてならないのですよ。
ひとつは総裁の正拳突き。
一般道場生、はたまた大会上位常連選手や支部長の方々のそれと比べてかなり“趣”が違います。
元高弟の方はその突き方に対しこう言っていました。
「あれは大きい身体をした総裁の“オリジナル(クセ)”だ。だから真似しちゃだめだ」と。。。
僕も当時はその言葉を信じていたもんです^_^;
が、その後古伝空手と出会い、空手本来(古来)の突き方を教えてもらった時に、その軌道や形、力の入れ方(拳を終始固くは握らない等)が総裁のそれとほとんどそっくりになる事に気づき、驚くと共に鳥肌が立つ位感動したものです。
「総裁の突き方は正しかった!!」と・・。
そしてひとつは「型」の挙動。
「伝統派」と呼ばれる極真以外の諸流派と明らかに違う部分があり、その部分に関しては或る意味「極真オリジナル?」とさえ思ってしまうくらい違います。
例えば「平安初段」と言う型の第三挙動。
「下段払い→鉄槌」部分なんですが、ここが他流ですと「縦回転」の鉄槌なんですが、極真だけは“外から内へ叩き付ける”様に動かします。(「外受け」と言う技と同じ動き)
極真自体新興勢力でしたから、“既存の流派との違いを打ち出すために”型を変えた・・とは当時よく言われてましたし、僕もそう思っていたんですが、これも古伝空手の裏としての平安初段を教えられた時、衝撃と感動が全身を駆け巡りました。
船越先生が伝えたと言う古伝の平安初段のその部分の使い方が、まさに極真で行う挙動そのものだったんですよ。
そしてもひとつ「手刀受け」
他流ですとここは“直線”で動かしますが、極真だけは“曲線(円)”で動かします。
これも古伝技術として対人で行うと、確かに「曲線」なんですよ。
しかも受けでは無く“目突き”として行うんですが、総裁の見せる手刀受けだけは、そのほとんどが掌と指先を正面に向ける形です。
そう、まさに僕らが行う“目突き”の形そのまんま・・・。
道場稽古では「掌は内側に、指先は上に向けて」と言われるのにです。
「私には私の、君たちには君たちの“極意”があるのだよ」
これが口癖の様な大山総裁でしたけど、ここまで来ると(個人的にですが)
「総裁ご自身が(奥伝を)隠していたか、誰かが気が付くのを期待して、見せてはいたけれど、修業(課題?)の一環として敢えて言及はしなかった」
んじゃなかろうかと・・・。
考えすぎかも知れませんが、僕らが今現在稽古している古伝の空手と、総裁の遺した空手との共通点を幾度と無く発見するにつけ、「もしかしたら・・・」と言う思いを感じずにはいられないのですよ(*^^*ゞ
では最後に、空手ではありませんが、江戸武士の身体操作を今に受け継ぐ(西洋式の姿勢やスポーツとしての現代剣道等に影響されていない、江戸時代そのままの身体操作と言う意味)、柳生巌周(尾張藩剣術指南)師の高弟、神戸金七(名古屋春風館創設者:故人)師の言葉をご紹介します。
☆柳生新陰流を学ぶ【江戸武士の身体操作】☆(剣道日本)
『口伝について』
秘密主義のことは、当時各流にあり、各地とも口伝を重く用い、書伝のはなはだしきは反対を述べしものもある。(中略)現在昔より伝来の江戸柳生伝書にしても、真偽混同して述べてあり、また術伝口伝なくしてこれを読むとも、誤り多くしてその真諦を知る事は困難である。
-柳生石舟斎の『絵目録』について-
元来この種のものは昔より絵そらごとと言い、今の写真などと違い、これになずむときは大いなるあやまちを犯すことになる。例をもって示せば、宝山寺蔵とある石舟斎筆と伝えらるる「絵目録」である。三学九箇は太刀の持ち方もわるく、足のさばき方などは長袴により隠されている。天狗抄にしても・・・・・・その足さばきは反対の形として顕しておる。この形では天狗抄は使われない。
知れば知るほど奥深し。。。
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